(わたしの折々のことば)わたせせいぞうさん
想像力の大切さを伝えたい(作品に込める思いの原点)
《携帯のない時代、恋人が待ち合わせに遅れている。事故にでもあったのか。相手を思い続け、深まる感情。ひとつの恋が想像で美しく劇的になっていく。全ての作品の原点にある恋愛観だが、見る人には自由に想像して、独自のストーリーを感じてほしいという》
「わたしの折々のことば」は、大切なことばを三つ挙げてもらい、そのことばにまつわる物語を語ってもらう企画です。今回は北九州市出身の漫画家・イラストレーターのわたせせいぞうさんの「ことば」を紹介します。
1968年ごろ、東京・銀座の喫茶店。約束の時間は過ぎているのに、待ち人が来ない。同じ損保会社の先輩で、入社してすぐに見初めた女性だ。アフターファイブのデートだった。
会社でなにかあったのだろうか。大丈夫かな――。
携帯電話などない時代、すぐに連絡がとれないから、想像するしかない。
「心配でやきもきする。待たされるのは最初はとても嫌だったけど、それがだんだんいい感じなんです。相手への気持ちが深まる。その間に恋を育んでいるんじゃないかと思います。そういうことが、これまで何度もありました」
今年8月下旬、約2年ぶりに故郷の北九州市に里帰りしたわたせせいぞうさんが、当時を振り返った。待っていた女性はその後、わたせさんの妻になった。
さわやかで甘酸っぱい感情。駆け引きも裏心もなく、ただただ純粋に相手を思い、恋い焦がれる心。
純愛。
わたせさんが描く漫画やイラストから自然に伝わってくる癒やしや安らぎ、透明感の原点だ。
「いまは作品の中で恋しています。こんな素敵な女性はどういう性格で、何が趣味か。簡単に想像できます。架空で好きになった人を描いたり、ストーリーにしたりしている。リアリティーは現実だけど、ファンタジーの心を持っていないとダメなんです」
ただ、その物語を、作品を見る人には押しつけない。そう強調するのは、わたせさんのマネジメント会社アップルファーム(東京)の馬場孝宏業務部長(58)。イラストの解説集づくりで、わたせさんに作品ごとの物語を聞きにいったら、「この絵から何を想像するの」と逆に質問された。思いを口に出すと、「それでいいんだよ、それで」と言われたという。
「ボクは1枚のイラストにストーリーを込めている。ストーリー性がある絵を描くことで、見る人の心が啓発されて、自分なりのお話を想像する。そこが楽しい。もっと想像してほしい」と、わたせさん。「そのためには、ボク自身が想像力のある作品を描かないと、誰も想像しない」
後半では、わたせさんが漫画家に専念する決断に大きく影響した作家・永井路子さんのことばなどを紹介しています。
今年4月、北九州市漫画ミュージアムの2代目の名誉館長に就任した。「銀河鉄道999」などの名作で知られる漫画家、松本零士さん(84)から受け継いだ。8月20日、同ミュージアムであったトークショー。「待つ間に育む恋」を遠距離恋愛に例え、「1カ月に1回とか、すぐ会えない恋だから思いが募る。障害を乗り越えて恋愛を育む。なんか、いいですよね」。
そして残念そうに言った。「いまは携帯やSNSが邪魔なんですね。すぐ情報が入る。愛を育む1カ月がないじゃないですか」
時代が変わり、恋愛も変質した。「いまはもう消費でしょ。恋してすぐに色んなことをして終わる。人に恋して、どんなにときめくか。それはいまも普遍なのに、その普遍性に気づいていないんです」
21年12月下旬、同市門司区の「わたせせいぞうと海のギャラリー」を訪れていた岡山県在住の女性(28)を、記者は取材したことがある。「先生の絵のような恋をしたかったのに失敗しちゃった。でも、ここに来て、作品を見て、もう一度頑張ろうと思えた」。約2年前に離婚し、傷心の末、ようやく新たな恋をしたいと思えるようになったと、照れくさそうに話した。
わたせさんには信念がある…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル